ウソを書いても仕方がないので、まずはじめに結論から述べたいと思う。日本のゲーム
フィッシングの未来は暗い。日本にはゲームフィッシングという考え方は馴染まない。
つまり、遊びとして魚を釣る行為は「魚をいじめている」とすることが多いからだ。確
かにいじめているのだろう。魚をダマして人間様の頭の良さをひけらかすルアーゲーム
なんて、その最たるものだ。 でも待って欲しい。エサを付けて釣って食えば許されるの
か。エサの命を奪い、釣って命を奪う。こちらは問題がなくて、ルアーゲーム、ゲーム
フィッシングだけ問題だというのは論理的におかしい。といっても、環境保護だ、倫理
だという人間に論理の話は通じないんだけどね。そこで、時として論理や倫理すら破壊
する、経済という面からみて日本のゲームフィッシングの確立の可能性を考えたい。

 
コンクリートから人へ。そういわれて機運が高まった時期があった。税金はコンクリー
ト、つまり公共施設や道路、ダム建設ではなく、人間に直接返すようにしようという理
屈だ。しかし、思うようにはいかないのが世の中。どうしたって不公平感は生まれる。
しかし、コンクリートから人へと無理にお金の流れを変えずとも、コンクリートを有効
利用できれば、今まで通りの税金の使い方で人々に還元することができる。問題なのは
コンクリートに金を使うことではなく、無策に金を垂れ流すことなんだから。無策に人
へ渡しても、結局は無駄になってしまう。とまあ、もったいはこの辺にして、このコン
クリートを上手く使っているのがメキシコだ。ご存知メキシコは、ゲームフィッシング
の聖地。バスに限っても、多くのダム湖をバスフィッシングリゾートにし、多くの外貨
を稼ぐとともに、多くの仕事を生み出している。湖面管理者、ボート屋(ガイドさん)、
ホテルやモーテルの仕事、バーや飲食店、もちろん釣具屋もあれば、空港からの送り迎
えにタクシーだって必要。バスやそのエサになるテラピアを養殖したり、それらを釣り
にくる人を集めるコーディネーター、通訳の仕事だって増える。


ダムを造って治水工事をするだけでなく、大規模な公共工事によってたくさんのお金が
動くため、景気対策になるのだ。日本ではここまでしかできない。それではもったいな
い。メキシコはここから更に、単なる治水工事をリゾート開発に昇華したのだ。リゾー
トといっても、バブル期のような乱開発ではない。釣り人を楽しませるだけの施設があ
ればいい。メキシコのバス・リゾートは、はじめはキャンピングカーだった。次が戦後
日本のようなバラック、つまりトタンやらなんやらの簡素な宿ができ、ロッジができた。
グランドなんちゃらや、プリンスほにゃららホテルなんてものはいらない。自然の中に
抱かれている感触があることも、自然好きな釣り人にとっては好印象となる。一見粗末
なロッジでも、釣り人にとってはロイヤルスイートなのだ。メキシコは雨が降らないか
らダムが要る。日本は雨が降るからダムが要る。ダムが必要になる理由は違えど、ダム
を造った後の使い方は同じように真似をすることができるはずだ。


もちろん日本の湖にも上手く利用しているところはある。早明浦ダムに池原ダム。河口
湖なんかは有名だ。ただ、メキシコのようにそこに世界中から人が集まるような力はま
だない。というよりも、青息吐息の状態。かろうじてバスを放流してやっているという
状況。確かに日本には在来種という問題があって、メキシコのようにはいかない部分も
あろう(メキシコにだって在来種はいますが)。しかし、ゲームフィッシングは金にな
るのだ。そこには経済を形作る力がある。日本全国の違法放流、リリースを禁止すると
同時に、すばらしい環境を整えたリゾートとしてのゲームフィッシングフィールドをつ
くらなければ、禁を破る人間は必ず出てくる。私はそもそも、釣りという趣味が貧乏人
の趣味であってはならないと思っている。言葉は悪いが、タダで釣れると思っているこ
とがそもそもの間違いで、この気軽さから、もっと近くに釣れるところがあると助かる
などと農業用水用の溜め池や金魚の養殖場に外来魚を放流してしまっているのではない
かと思う。また、どこでも釣りができる、ヤマメなどと違って遊漁料がかからないとい
う甘えから、フィールドを汚したり、地域の住民への迷惑行為も平気でしてしまってい
るのではないかと考えている。つまり、ルールを守るという考えがゲームフィッシャー
マンになさ過ぎるのも問題だ、と。


最高のフィールドが提供される代わりに対価を支払う。それが国土も水域も小さい日本
の釣りのあるべき姿ではなかろうか。対価を支払うことで、フィールドの利用者として
あるべき姿というものが各人に生まれるのではないか。そうすれば、フィールドを汚す
者、違法に釣りをする者の追放はもちろん、経済という面からも生態系の面からも良好
なゲームフィッシングが実現するようになるはずだ。


各位が責任ある釣り人であり、フィールドの共有者であるという意識を持たなければ、
けしてこれらの問題は解決しない。そのためには、やはりゲームフィッシングが貧乏人
の趣味であってはならないと思う。つまり、金を出してでもゲームフィッシングの未来
を守りたいという意識のない人間は要らないということだ。最近の言葉でいえば、意識
が高いってヤツだ。意識の低いヤツ、ゴーホーム。何も横暴なことはいっていない。鮎
やワカサギ、固有のマス類は当然に認められているし、サケは遡上中捕っちゃいけない。
それをバスにも適用し、集めた金でマスやワカサギ、モロコ、タナゴを放流すると同時
に、バスやライギョにとって住みやすい環境を整えようというだけだ。


日本はゲームフィッシングに寛容とはいえない国だ。そうである以上、タダより高いも
のはないの精神でいかなければならない。数百円や数千円の対価を支払えば済んだもの
を、それをしなかったがためにゲームフィッシングの未来が閉ざされるようなことがな
いように、各々ができることからはじめてもらいたい。土木や水利関係に知り合いがい
れば、ちょっと相談をしてみて欲しい。私は知り合いの農家さんに頼んでファームポン
ドを貸してもらう代わりに、春先にそこまでの道の簡単な清掃とフィールドに落ちてい
るゴミ拾いをしている。これと同じことが大きな池やダム湖ではじまればととみに思う。